吉田松陰の言葉
四目を明にし、四聡を達すとは、古聖の明訓なり
もとは書経の言葉でしょうか「明四目達四聡」があると思います。
これは吉田松陰が将及私言の中で語っている言葉です。自分の周り・世の中の動きをよくみて、そして多くの人の意見を聞き、情報を入れることが、正しい判断をする上で必要なことであるということ。古くから聖人といわれる人の言葉だとしています。
人は固定観念を持ったり、入る情報によって一方の意見に偏ってしまうことが多々あります。
そうではなく、様々な情報を見て、聞いていくこと、そして一方向からだけでなく、あらゆる方向(見方)でその事象をとらえ、判断をしていくことが求められます。
得てして人は、誰々がこういっていたとか、ニュースではこういっていたということを鵜呑みにし、自分で確認しらべることをせず、皆がそういっているかのような言動をしてしまうことがあるかと思います。
そういうことの戒めにも、この松蔭の言葉「四目を明にし、四聡を達す」と言う言葉をしっかりと刻んでおきたいと思います。
実際にはこの言葉の後ろにはまだ続いています。
而して其の道二つあり。天下の賢能に交わり、天下の書籍を読むに過ぎず。
吉田松陰が言われるには、「その方法には2つあり、一つ目は天下の賢人と交友し、二つ目は天下の書籍を読むこと」であるとされています。
広くいろいろな人に会い、多くのよい書物を読むことがすなわち冷静に状況を理解・判断していくための素養になるのだということ。
そしてその判断をもとに、実行する。この最後の行動がなければ、知らないと同じ。決して評論家、傍観者にならないように動くことを肝に銘じたいと思います。
実行を心がけ、傍観者にならないように!
この傍観者にならないようにとは、法政大学の教授坂本先生が言われている言葉ですが、どことなく松蔭先生と重なる雰囲気を感じました。
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